柏・麦わらぼうしの会
                             

2014年度柏市内小学校 朗読劇「あの日」公演 10校の記録 

 柏市平和都市宣言25周年記念事業として始まった「学校訪問事業」も6年目になりました。
 2014年度は、朗読劇「あの日」-ヒロシマ・ナガサキ1945-を柏市内の小学校10校で公演しました。

「あの日」は、小学生、中学生の残した原爆体験記とその母親の手記を中心に構成した朗読劇です。スライド・ピアノ・CD・照明を使って公演しています。

9/12 (金)高田小学校 
6年生 93名
10/2 (木)酒井根小学校 
6年生 80名
10/14(火)富勢西小学校 
6年生 47名
11/7 (金)田中北小学校 
6年生 14名
11/11(火)旭東小学校 
6年生 55名
11/18(火)藤心小学校 
6年生 66名
11/27(木)柏第三小学校 
6年生 132名
12/3 (水) 柏第四小学校
6年生 137名
12/9 (火) 逆井小学校 
4年生 79名
2015年
1/19 (月) 大津ヶ丘第二小学校
4年生62名


9/12(金)高田小学校 

 公演後、お礼にと「折り鶴」の歌を全員で歌ってくださいました。きれいな澄み切った歌声に胸がいっぱいにました。
 後日感想文をいただきました。

ー担任の先生からのお手紙ー

 先日の平和学習では大変お世話になりました。月日が経つことであの当時の痛みを忘れたり、戦争という事実を風化させてしまったりすることなく、学び伝えていくことが私達の責任だと思いました。国語で「川とノリオ」を学びますが、批判だけに終わることなく、その時代を一生懸命生きた人々の思いを子ども達に考えさせて行きたいと思います。ありがとうございました。

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〜高田小学校6年生の感想文より〜
○今日の話を聞いて悲しくなりました。1945年にもし私が広島・長崎にいたらと考えると今はすごく平和な世界と思いました。麦わらぼうしの会のみなさんが高田小学校に来てくれなければ、私は原ばくのことを考えないと思いました。

○今日、わたしはその話を聞き、命の大切さを知りました。わたしの家族はいますが、戦争にあった人たちは心の中にまだ傷が残っていると思いました。家族も自分の命も大切だと心から思いました。これからも大事な命を守っていきます。

○ぼくは家族をなくしたことはありません。戦争は今やっていませんけれど、これからまた戦争を始めないようにしたいです。

○ふつうに遊んだり、ごはんを食べたり、新しいおもちゃや服を買ってもらったりするのがどんなに幸せかわかりました。
○もし自分の親がなくなったら・・・と考えるととてもつらいです。僕、いや僕たちでこれからも平和な戦争のない世界にして、何も争い事のないようにしたいです。

○いつも平和に暮らしている私たちですが、過去にこのようなことがあり、悲しい気持ちでいっぱいです。朗読では、私のお母さんやお父さんが亡くなったらと考えたらもう悲しくて涙があふれてきました。二度とこういうことがないように、次の世代に伝えて笑顔が見れる世界にしたいです。

○私は始めに話していただいた時から涙が出てしまいそうでしたが、なんとかこらえて最後までのりきることが出来ました。最後に私たちが歌った歌は気持ちをこめて歌うことができました。

10/2 (木)酒井根小学校

後日感想文をいただきました。

 ―担任の先生からのお手紙ー

木々の色づきに秋の深まりを感じる季節となりました。
先日は私たちの小学校でのご公演、ありがとうございました。
共演させていただくなどのご配慮もさることながら、その熱のこもった朗読は、戦争を遠い昔の物語ぐらいに思っていた児童の心に、たしかにこの日本にあったこと、そしてニ度と起こってはならないこととどれだけ深く刻まれたかは、公演中の児童の涙や直後の発表であらわれていました。
私たちも、人の生の声によって伝える朗読ならではの力強さを、あらためて思い知りました。この子供たちが小学校で学ぶのはあと半年もありませんが、みなさまの公演で学んだことをさらに深め、感じたことをいつまでも忘れないことが、平和につながるのだと信じております。
最後に、この素晴らしい活動と貴会のますますのご発展をお祈り申し上げます。
               〜酒井根小学校6年生の感想文より〜
○原爆のことを思うと、ぼくのこれまでの苦しさが小さいことだと分かりました。これからの苦しいことも、原爆や戦争のことを思うとのりこえられるような気がします。いつか原爆ドームに行き原爆のことについて調べ、もっと詳しく学べたらいいなと思います。

○ぼくは1・2年生の時、暴力をふるっていました。麦わらぼうしのみなさん、もしよければ、20才になった時、その会に僕も入れてくれませんか。

 
                              
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○私は原爆ドームに行ったことがありますが、その時学んだこととはまた違うことを学ぶことができました。特に、朗読でその時の様子をそのまま再現していただき、よりいっそう当時の様子を理解することができました。

○私達と同じくらいの子どものお話ばかりで、無意識のうちに「今、原爆がおちたらどうしよう」と思い、とても怖くなりました。お話を聞いているうちに目がうるんできてしまいました。「こんな所で泣くなんて」と思って我慢していても、悲しみはそれにたえきれず、ポロっと落ちてしまいました。平和式典の話の時、「私もそうちかいます!」と心の中でさけんでしまいました。お話が終わり、感想を言おうと思いました。だけど言いたいことが多すぎてまとまらず、今しゃべったら泣きだしそうな勢いだったので、結局言えませんでした。なので、その感謝の気持ちをお手伝いであらわしてみました。

○「原ばくってヤバイよね」や「ちょーこわーい」など、人事のように話していて、その時の自分がとてもみじめに思いました。お話してくださった人のしゃべり方がとても上手で、話にのめりこんでいけるほどでした。まだほんの少ししか原爆のことは知りませんが、同じ日本人としてもっと知っておかないといけないか思いました。つらい過去を持っているのに、そのことをボランティアで伝えていると先生から聞いてとてもびっくりしました。

○今、平和な日本ですが、戦争をのりこえたから平和なんだと思います。麦わらぼうしの方々に話していただいたことを忘れず、大人になって子どもができたとしたら、その子どもに教えていきたいと思います。
       
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○「たとえば、南柏駅に原子爆弾が落ちたとしたら、酒井根小学校は吹き飛んでしまう」と説明していただき、「じゃあ、私はその一つの原子爆弾からどのようにすれば逃げられるの?」と思いました。

○私の亡くなった祖父が生きていたら75才。昔、広島に住んでいたと言っていました。幸い家は山の中で、原ばくからはのがれましたが、遠くの方でピカッと光ったのが見えたと言っていました。広島市内か山の中まではとても遠いけど、光が見えたのはい力が強かったからだと思います。

○最後に、「いじめやぼう力をなくさないと平和なにほんはこない」というのを聞いていじめやぼう力は本当にいけない事なんだなと改めて考え直しました。

○分かったことが三つあります。一つ目は原子爆弾のはかい力の凄さ、二つ目は戦争の恐ろしさ、三つ目は今の日本はとても平和だということ。

○劇団員さんが「ピカっと赤く光り、ぼくの前に赤オ二が立ったとうに見えた。」というセリフを言った時に、胸が苦しくなりました。

○私は数年前、広島に行って原爆ドームを見ました。けれどその時は戦争のことをあまり知らなかったので、ドームを見て「すごい爆弾だな」というくらいにしか思わなかったですが、今思うと、たくさんの人が原子爆弾のせいで命を落としてしまい、たくさんの建物が焼け、その中で残った大切な物だと思います。麦わらぼうしの会の方がお話してくださった話で、今までの原爆のイメージが変わって、とてつもなく恐ろしいものに感じました。今の日本が平和なのは過去の戦争があったからで、そのことを忘れず生きることが大切だと思いました。
10/14(火)富勢西小学校 

公演終了後、感想をお聞きしました。
「おばあちゃんが長崎の出身だけれど、いつもにこにこ笑っていた顔しか思い出せない」と話してくれました。

後日感想文もいただきました。
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〜富勢西小学校6年生の感想文より〜
○原爆一つで何個の笑顔が消えたのか、私には想像がつきません。でも苦しみながらなくなった人、大切な人に会えないままなくなってしまった人に言ってあげたいです。「だれもわすれてないよ。未来にうけつがれてるよ。」と伝えたいです。その人たちの分も今を大切に笑顔で過ごしたいです。

○原爆は多くの人の命をうばったとてもひさんなものだとわかりました。生き残った人は、大切な人をうばわれたという悲しみを、かかえながら生きているということもわかりました。この話を次の世代にもうけついでいきたいです。


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○朗読をしてもらって、ずっと家族を想像しているととても悲しくなって、気づくと涙が出ていました。もし妹が学校から帰ってこなかったら、ママが兄が、最後の別れも言えず死んだらどうしよう、と。私はこれからケンカをしないで仲良く時間を大切にし、勉強をがんばることをちかいます。

○原爆で死んでしまった人がたくさんいる中、いっしょうけんめい生きてきた人は自分の命、他人の命を大切にしていると思いますが、今では自分から自殺をする人がいるので、その人たちに戦争のことを知ってそのことをどんどん未来へ伝えていきたいです。
11/7 (金)田中北小学校 

後日感想文をいただきました。

ー担任の先生からのお手紙ー

 先日は、わたしたち6年1組14名のために、午前中より準備を始め、公演をしていただき、ありがとうございました。
 原爆の体験を朗読劇という形で上演いただき、原爆の悲惨さやおそろしさ、戦争のもたらす悲しさが伝わって参りました。子ども達も身動き一つせず、真剣に見聞きし、心に深く残ったようでした。制作されたものでなく、あくまでも史実や手記によって語られていくところに、人間の運命や親子の愛、本当の平和のすばらしさが伝わってきました。
 そしてなにより、麦わらぼうしのみなさんの後世に伝えていくのだという思いが、ひしひしと伝わってまいりました。大変ですが、お体にお気をつけて、これからもぜひこの平和を愛する祈りに満ちた朗読劇を伝えていってください。
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〜田中北小学校6年生の感想文より〜
○とても気持ちのこもったろうどくで、話に集中できました。私は今日おしえてもらったことを、家ぞくや友だちにおしえてあげたいです。


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○ぼくたちがうまれるまえにこんな事があったなんて、あらためてしることができました。ぼくは平和な世の中にできるようにがんばります。
11/11(火)旭東小学校

保護者の方が8名も見に来てくださいました。
 
後日感想文をいただきました。

ー担任の先生からのお手紙ー

先日は私達に貴重なお話をありがとうございました。私達担任も経験したことのないお話で、普段の授業では伝えきれない、一人一人の苦しさや悲しみを感じました。
 子ども達も、原爆の怖さ、戦争の悲惨さを本気で受けとめていました。子ども達なりに感じたものを数枚送らせていただきます。私達も大変勉強になりました。ありがとうございました。
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〜旭東小学校6年生の感想文より〜
○私は今日のろう読劇を聞いてたくさんの事を考えました。戦争の話を聞くのを初めてだったので、子どもが10mもとばされたり、一回のばくはつでたくさんの人がやけどをしたり、死んでしまったのは、とてもしょうげき的でした。もしこの爆弾が柏に落ちていたら私はいなかったかもしれないと考えただけで悲しくなります。そして今の私達はとてもしあわせだと思いましたが、最後の「平和のちかい」を聞いて、今よりももっと良くなるようなことは身近での生活の中でもたくさんあると感じました。将来、自分達の手でたくさんの人を救い、たくさんの悪い事が変えられると思います。そのためにたくさんの努力と挑戦をしていきたいと思います。
○私は実際にろう読劇に参加させていただきました。お話を聞かせてもらうと、原ばくのおそろしさがよくわかりました。また、実際に体験した方のお話を聞いていると、「お母さんに会いたい」「家族に会いたい」などの言葉がたくさん出てきて、こうやって家族と幸せに暮らせることがすごく大切に思えました。今回お話を聞いて、この平和な今の世界を守っていかなければならない。原ばく、戦争のおそろしさを忘れず、次の世代へと受けつぐことが私たちの使命だと思いました。
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○ぼくは柏・麦わらぼうしの会の朗読劇を聞いて、原子爆だんの話を聞いて、改めて「こわいな」と思いました。ぼくのお母さんのおじいちゃんが、今84才で、戦争を経験しています。けれど、おじいちゃんはその戦争で兄をなくしていて、戦争のことを教えてくれないので、戦争をあまり知りませんでした。しかし麦わらぼうしのみなさんが来てくれたおかげで、戦争の一部を知ることができてとてもよかったです。戦争の時に亡くなった人たちの苦しさがものすごく伝わってきました。麦わらぼうしさんに教わったことを、ぼくは忘れずに、自分の子供や、今日麦わらぼうしさんの話をまだ聞いていない友達、母親、父親、姉、おじいちゃん、おばあちゃんに教えようと思いました。今日のことは一生わすれません。

11/18(火)藤心小学校 

終演後、お礼にと「HEIWAの鐘」を合唱していただきました。
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11/27(木)柏第三小学校 

 2011年の夏公演には三小から5名参加、2012年には3名の参加がありました。
3,4年生の時出演した2名が6年生になり、今回の朗読にも参加し最後のご挨拶もしてくれました。
保護者の方数名も来てくださいました。
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12/3 (水) 柏第四小学校

柏市の学校訪問事業の始まった2009年から毎年公演に伺い、今年は6回目でした。
先生方に引き継がれているようでとてもうれしいです。
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12/9 (火) 逆井小学校 

体育館が耐震工事中のため、研修室で公演しました。

後日感想文をいただきました。

ー担任の先生からのお手紙ー
 
 この度は、ご多用中第四学年の国語の学習にご協力いただき、誠にありがとうございました。四年生の児童は、皆様の素晴らしい朗読と、初めて見る映像に強く心をひかれ、戦争(原爆)についてしっかりと考える一時間となりました。また、後日、家族に話をした時の様子や、本で読んだ戦争に関することを話しに来てくれる子もいました。このことからも、今回の学習の有意義さを感じました。
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〜逆井小学校4年生の感想文より〜
○わたしは、麦わらぼうしの会のみなさんにおしえていただいて、はじめてげんばくのおそろしさがわかりました。もしわたしのお母さんやお父さんが死んでしまったら、とてもがまんできなかったと思いました。そして、わたしはあらためて、給食などを残さず食べようと思いました。たぶん戦争の時はおなかいっぱいごはんを食べられなかったと思うからです。わたしはお話を聞いて、生活をふりかえることができました。

○わたしはいつもごはんを食べたり買ったりしているけれど、お話を聞き、わたしたちはとても幸せなんだと思いました。
 また戦争のひ害にあいながらもあきらめずに生きる人たちにとても感動しました。今日のお話を
聞くまで、げんばくがこんなにおそろしいとは思いませんでした。わたしは世界から戦争をなくすことができたら、世界は幸せになれるだろうと思いました。わたしはこれから戦争が少しでもへるように努力していこうと思いました。

○わたしはセリフをたんとうしました。今日、本番の時、すごくきんちょうしました。戦争の体験
 をした人のお話を聞いて、すごく感動しました。大切な家族、友だちが戦争でいなくなるのは、今では信じられません。それは平和だからだと感じました。わたしたちの今のくらしは、ちょっとわがままだと思います。食べたい物やほしい物が買ってもらえるからです。麦わらぼうしの会の方がとっても良い読み方だったので、体験した子がどんな気持ちだったかのかよくわかりました。勉強で生かしていきたいです。

○ぼくはこの話を聞いて思ったことは、給食できらいな物がでたらへらしているけれど、戦争の時代に生まれていたら、好ききらいもできないし、妹とけんかしてきらいになったりするけれど、今はすごくめぐまれているんだなと思いました。「戦争」の四文字にはすごくこわくて悲しい意味があるんだなと思いました。ひいおばあちゃんはもう亡くなってしまったけれど、戦争を体験していてひいおばあちゃんはすごくこわかったんだなと思いました。
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○ぼくはろう読をさせていただいたのですけど、ふつうにくらしている日にいきなりばくだんを落とされて多くの人が死んでしまった悲しみが伝わったような感じがして、少しなみだが出てしまいました。この日本ではぜったいに戦争がおきないことをこれから願い続けていきたいです。

○原子ばくだんを落とされた長崎と広島で原ばくのひ害にあった人々のお話で、戦争や原ばくのい力がわからなくて、他人事にしていました。原ばくや戦争はぜったいに人々にあってはならないことで、その事で何千人何万人の人々が亡くなって、他人事ではすまないほど、大切でわすれしまってはいけないほどで、麦わらぼうしの会の皆様のおかげで、少し知っていたけれど、お話でもっとくわしくわかったので、お母さんたちにそのことを教えたいです。

○わたしは、「戦争なんて昔に起こったこと」と思いこんでいましたが、いつ戦争が起こることもありえるんだなと思って、油だんしてはいけないということが分かりました。今の生活と今日見せてもらった映像を見くらべて今の生活がどれほどくらしやすいか、日々考えながら、命の大切さを実感して生きて行きたいと思いました。

○戦争の恐ろしさがよくわかりました。もし、今の時代に日本で戦争が起きたらと想像しながら聞いていました。日本に戦争があったなあとは知っていたんですけど、ここまでひどいとは思いませんでした。あと、スクリーンなど音楽などを使っていたのでわかりやすかったです。遺族の人々は戦争の時にたくさん父、母、弟、兄、妹、姉などをなくしてしまった気持ちがたくさん伝わってきました。
2015年
1/19 (月) 大津ヶ丘第二小学校

保護者4名の方が聞きに来てくださいました。
「勝司ちゃんがお母さんから叱られて『行ってきます』と悲しい声で出かけたのが最後だった、という話が心に残っていると話されたお母様。子育ての中で叱ることは多いけど、きょうの話は忘れませんとおっしゃいました。

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